注意:本記事は『ペルソナ5』『ペルソナ5 ザ・ロイヤル』のゲーム表現から、所有と分配を考える非公式考察である。現実の法制度を作品へそのまま当てはめるものではない。
シャドウを斬った。円が噴いた。――その紙幣、誰の血で濡れている?
メメントスでシャドウを斬る。集合的無意識の肉壁へ刃を突き立てる。
すると金が噴き出す。認知の怪物から、現実の購買力が。
装備を整え、薬を買い、また次の闇へ潜る。RPGの美しい循環だ。
見慣れすぎて誰も疑わない。疑問は慣習という棺で窒息死した。
だが画面へ顔を近づけろ。表示されているのはマッカでもゴールドでも魂の欠片でもない。
円だ。現実へ接続された禁断の四角形だ。
コンビニで使える。映画を見られる。薬も画材も飯も買える。異世界の怪物へ加えた一撃が、東京のレジを開く暗号へ変換される。
さて、この禁術を「ゲームだから」で埋葬するか? その墓穴、俺が内側から蹴り開ける。
円と刻んだ以上、現実の追跡者からは逃げられない
その金は誰の所得だ? ジョーカーか。怪盗団か。集合的無意識株式会社か。
銀行へ入れられるのか?
出所を聞かれたら何と答える?
税務署へ「集合的無意識の地下鉄で怪物を殺害し、戦利品として円を得ました」と申告するのか? 担当者のペルソナが先に覚醒するぞ。
笑える。だから作品は沈黙する。当然だ。確定申告を実装したRPGなど、ラスボス到達前に全プレイヤーが現実逃避の海へ飛び込む。
俺はその沈黙を罪状として処刑したいわけではない。
俺が黒い針で突くのは、円の現実味を買い物の快楽にだけ召喚し、円が背負う所有と分配の責任は異世界へ置き去りにする、その半身召喚の都合よさだ。
危険は全員、権利は一人――その天秤、冥府製か
怪盗団の活動を共同事業として見るなら、戦果は共有財産に近い。命を賭けた人数ぶん、権利の影も伸びる。
- 作戦経費
- 装備費
- 予備費
- 参加者への分配
高校生の秘密結社に会計監査? 野暮だと笑うか。いいだろう、笑え。
なら聞く。祐介の胃袋が飢餓の鐘を鳴らす横で、共同戦果が主人公の財布へ総取りされる構図は野暮ではないのか? 帳簿だけが空気を読めと命令されるのか?
困窮が見えなければ、ゲーム上の省略で眠れた。だが祐介の空腹は繰り返し描かれる。空の器が舞台中央でスポットライトを浴びるのに、システムだけが盲目の神を演じ続ける。
この食い違いこそ、物語の縫い目を内側から裂く牙だ。
善人だけの組織ほど帳簿を火葬する――信頼という黒煙
主人公に悪意はない。仲間も彼を信頼している。聖人だらけだ。だから祭壇の下を見ろ。
悪意がないから危険なのだ。誰も剣を抜かない場所では、歪みだけが無傷で成長する。
悪人が金を握れば警報が鳴る。善人が握ると「あの人なら大丈夫」という聖歌が流れ、手続きが一枚ずつ祭壇で燃やされる。
そして帳簿抹殺の四重詠唱が始まる。
- 俺たちは仲間だから
- 信頼しているから
- 細かいことを言うな
- 金の話で空気を壊すな
その信頼、管理者だけが利益を得る認知の霧になっていないか? 仲間の顔が見えないほど濃くなっていないか?
金の話で友情が壊れる? 逆だ。黙秘が友情を腐らせる
金の流れを明らかにすると友情が壊れる。共同体に棲みつく古い悪霊が、よく囁く迷信だ。
逆だ。光へ出しただけで死ぬ友情なら、最初から死体を友と呼んでいただけだ。
曖昧な金の沼へ建てた友情ほど、後から土台ごと腐る。誰か一人が管理するなら残高と用途を共有する。困っている仲間がいるなら、本人と相談して配分を決める。呪文ではない。ただの透明性だ。
友情を会計ソフトへ変換しろと言っているのではない。
友情を口実に会計を殺し、その死体の上で「信頼」を乾杯するなと言っている。
円はただの数字ではない。誰かの時間と危険が黒く凝固し、「俺を誰へ返す」と分配を要求する影だ。

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