注意:本記事は『ペルソナ5』『ペルソナ5 ザ・ロイヤル』の物語と人物設定に触れる非公式考察である。
命は預ける。昼飯は知らない――友情の死体に戦友と刻むな
怪盗団は仲が悪いのか? 違う。そんな薄い話なら、この黒い解剖台へ載せる価値もない。
あいつらは命を預け合う。弱点を補い、倒れた仲間を起こし、神話の怪物みたいな敵へ一緒に刃を突き立てる。
間違いなく戦友だ。異世界ではな。
だからこそ日常へ戻った瞬間の光景が異様なのだ。血塗れの聖堂から出た英雄たちが、仲間の腹の音だけを環境音として処理する。
ボスの即死魔法からは守る。だが目の前の空腹は「祐介だから」で通過する。異世界では高価な薬を惜しまないのに、現実の昼飯になると財布へ七重の封印がかかる。
その友情、パレスでしか発動しない呪具か? 現実へ持ち出すと消滅する期間限定スキルか?
HPは見える。貧困は透明――見えない傷は存在しない教団か
異世界では危険が数値になる。HPが減る。状態異常が出る。ゲームという神が赤く点滅し、「こいつを回復しろ」と御告げをくれる。
だが日常の神は無口だ。
- 空腹はゲージにならない
- 家計の破綻は警告音を鳴らさない
- 孤立はステータス欄へ表示されない
だから見落とす? 警告音が鳴らない生命は、削れてもノーダメージ判定か?
笑わせるな。見えないものを見ようとするために、人間には目のほかに想像力という邪眼がある。
数値にならなければ助けられないなら、それは友情ではない。UIという神託へ従うだけの自動人形だ。心を盗む前に、自分の心が実装されているか確認しろ。
「金を渡しても画材に使う」――だから飢えさせる。論理が腐乱しているぞ
祐介は金を渡せば画材へ使うかもしれない。食費をまた削り、顔料へ変換するかもしれない。ああ、危うい。だから何だ。
すると責任逃れの降霊会が始まる。
「助けても無駄」
「本人が悪い」
「どうせまた同じことをする」
支援を自動販売機だと思っているのか? 百円を入れれば「正常な生活」がガコンと落ち、二度と故障しないとでも? お前の善意は保証書つき家電か。
金銭感覚が危ういからこそ、ただ渡して儀式終了では足りない。生活費と創作費を分ける。今日の飯を確保する。学校や相談先へつなぐ。本人と一緒に、飢餓を封じる生活陣を描く。
祐介の金銭感覚は支援を拒む根拠ではない。支援の形を考える根拠だ。逆向きに読んだ者は、その腐った経典を今すぐ火へ投げろ。
怪盗団は福祉事務所ではない――逃走用の非常口は俺が封印した
当然だ。高校生の怪盗団へ専門的な生活支援を丸ごと背負わせる気はない。十代の肩へ制度の墓石まで載せるな。
だが専門家でなければ何もできない? その二択、誰が作った。神か。悪魔か。たぶん面倒から逃げたいお前だ。
- 異変へ気づく
- 本人へ声をかける
- 食事を確保する
- 信頼できる大人へつなぐ
これだけで孤立という結界に亀裂は入る。世界を救えなくても、一人を無人島から引き戻すロープにはなる。
「俺たちには責任がない」と退くのは自由だ。だが同じ口で「俺たちは仲間だ」と聖歌を歌うな。仲間という言葉を総攻撃のロゴ演出にだけ使うなら、その友情は映像素材だ。
人を壊すのは魔王ではない――無音の一週間だ
食費が足りない一週間。
相談できない一か月。
誰にも気づかれない一年。
パレスにならない歪みほど、足音を立てずに骨を削る。巨大な悪なら予告状を出せる。だが「誰も気づかなかった」には、送り先さえない。
戦友とはボス戦で身代わりになる者だけではない。戦闘BGMの鳴らない日に沈む仲間を、背景オブジェクトへ変えない者だ。

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